柴崎友香『春の庭』論(ペネトラ5、2014年11月)

世界は無数の時間の織りなす綾としてあり、柴崎友香の小説はその様を精緻に描き出す。わたしの、あなたの、モノの、現在の、過去の、未来の、そしてフィクションの時間。無数の時間はもつれ、より添い、重なり合い、あるいは一瞬の交錯を経て離れていく。そ…

阿部和重 伊坂幸太郎『キャプテンサンダーボルト』

物語はあるバーからはじまる。中年男に口説かれる若い女。彼女は男から情報を引き出そうとしている。東京大空襲の夜、東北は蔵王に墜落した一機のB29。ニックネームはチェリー・ザ・ホリゾンタル・キャット。地平線の猫、チェリー。B29はなぜ東北にいたのか…

柴崎友香『わたしのいなかった街で』

和食の味の決め手は出汁です。そして上質な出汁をとるためには丁寧な仕事が必要です。湯を沸騰させ、鰹節を入れる前に火を弱める。鰹節を入れたら風味が飛ばぬよう、弱火のまま3分。こまめにアクを取りつつ、再び煮立ってきたら固く絞った布巾でゆっくりと…

柴崎友香『ドリーマーズ』

時間は幾重にも折り重なった薄絹のようなもので、現在の向こうにふと過去が透けて見えることがある。あるいははっきりと意識していないだけで、私たちの思考は現在と過去を常に行き来しているのだと言ってもよい。柴崎友香『ドリーマーズ』は夢をモチーフと…

小野不由美『残穢』

実録風ホラー小説である。「端緒」と題された冒頭、作家の「私」の下にある女性から手紙が届いたことが語られる。自宅マンションの一室で机に向かっていると背後の和室からサッサッと微かな音が聞こえるというのだ。ただそれだけのこと、だったのだが…。怪異…

舞城王太郎『SPEEDBOY!』

『煙か土か食い物』でメフィスト賞を受賞&デビューして以来自分自身とその文体をひたすらドライブしてきた舞城王太郎がまさに自らのまとうスピードそのものをモチーフとして書き上げた小説『SPEEDBOY!』は背中に鬣を持つ少年の疾走に加速していく文体/展…

辻村深月『鍵のない夢を見る』

辻村深月は苦い。彼女の作品には個人の存在の足元が突如として揺らぐ、その瞬間があるからだ。プライドや価値観、「日常」は打ち砕かれ、その衝撃は読者である私たちをも襲う。そこには彼女が敬愛するミステリの遺伝子がたしかに受け継がれている。世界は転…