範宙遊泳『さよなら日本-瞑想のまま眠りたい-』について1

普段はブログの記事にしろ劇評にせよ、ちょっとずつ推敲しながら何日かかけて書くのだけれど、しばらくはスピード重視で考えたことを書けるところまで書くということをやってみようと思う。

というのも、前はTwitterではネタばれとかあまり気にせずにバンバンつぶやいていたのだけど、いつしかそれを気にするようになったがために考えたことがそのままふわふわと流れて消えていってしまうということがままあるようになってきたからである。ついでに言うとブログの更新も全然してなかったし。

で、範宙遊泳。自分は短編と本公演1本ずつしか見ていなかったので熱心なファンというわけでは全然ないのだけど、前回公演(見れてない)がすこぶる評判がよかったのと、チラシやwebにある次の文句に心を惹かれたので観に行くことにしたのだ。


生物と無生物について、その感情の行方と想像力の行方を探る


一体どういうことだろうか。

この言葉がどのような形で作品として結実していくかについては追い追い述べていくことにして、なぜ自分がこの言葉にそんなにも惹かれたかというと、そこにサンプル/松井周の試みと通じるものを感じたからである。

サンプル/松井周の作り出す世界においては生物と無生物の境界はあってなきがごときものであり互いが互いを侵食していく。人は人形と化し無生物が動き出す。それがどういうことかについてはサンプル『女王の器』劇評(http://www.wonderlands.jp/archives/20605/#more-20605)や「平田オリザと松井周について」と題した小論(http://eigabigakkou-shuryo.hatenadiary.jp/entry/2013/03/22/045121)に書いてきたのだが、ここ何作かサンプルに注目してきた自分としては、共通するテーマを扱っているらしき範宙遊泳の新作はチェックしないわけにはいかなかった。

結論から言えば、これが大当たりだったのである。作品を観て知覚が更新される興奮を久々に覚えた。そしてその予感は会場入りした瞬間からあった。

会場であるSTスポットは真っ赤に照らされ、笙の音(違うかも。ひょろ〜みたいな音のやつ。「幽玄」な感じ)が響く場内は幽霊でも出そうな雰囲気。客席最前列中央には行燈を模した照明もある。真っ赤な壁には文字だか記号だか判然としない図形がランダムなパターンを描いて蠢いている。しばらく眺めているとそれが「開場中」という文字のパーツを分解したものであることに気づく。蠢く図形は中央で一瞬だけ「開場中」の形に並ぶとまた散り散りになっていく。これがまた理解不能な呪文のようにも見えて非常に不気味なんである。上演が始まるまでは本気で今回はホラーなのだと思っていた。

ところで、倉阪鬼一郎『文字禍の館』という小説がある。『さよなら日本』の開演を待ちながらこの作品のことを思い出していた。読んだのはもう十年も前のことなので細部の記憶はおぼろげなのだが、タイトルの通り、文字によって禍が引き起こされていく作品だった。文字によってというのは文字通り文字によってであり、例えば(そんなシーンが実際にあったかどうかは別として)「炎」という漢字に触れると燃えてしまうであるとかそういうことである。あるいは文字=言葉の変調による世界そのものの変調。あまりうまく説明できている気がしないが、小説自体が文字によって作られた世界であることもあいまって非常に禍々しい、強烈な印象の作品であった(そこには映画『リング』をビデオで観るのにも似た禍々しさがある)。

『文字禍の館』を思い出した直接の原因は壁に蠢く解体された文字のパーツであるのだが、『さよなら日本』自体、文字=言葉による世界の変調を描いた作品であり(あくまで作品の一つの側面としてではあるのだが)、両作品には通底する部分が少なからずあるように感じた。

『さよなら日本』において世界の変調は(それが明らかに言葉に関わるものでもそうでなくても)「呪い」と呼ばれる。ここからは「言霊」という言葉が容易に連想される。あるいは、そもそもの問題設定にあった「無生物」の「感情」という言葉。言葉が魂(力?)を持ち、モノが命を孕むというのは極めて日本的な発想ではないだろうか。

一方で、それとは逆のベクトルも作品内には存在している。つまり、生物(人間)が無生物へと近づくベクトルである。登場人物のひとりは最終的にイスへと変容を遂げる(そう言えばTOKYO!というオムニバス映画にそんな短編があった。ミシェル・ゴンドリーだったような)し、瞑想や泥酔状態というのはつまり意識を失うこと(ただの物体としての人体と化すこと)のさまざまなバリエーションである。

ここに2次元/3次元の扱いを加えてもよい。役者たちは平面と空間を往き来する。平面の住人となった役者たちは果たして生物なのだろうか。

極めて日本的と思われるモチーフに彩られた作品のタイトルは『さよなら日本』。そこで別れを告げられているものは果たしてなんなのだろうか。

続く!