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useful_days 10/13:木ノ下歌舞伎『木ノ下歌舞伎ミュージアム "SAMBASO" 〜バババッとわかる三番叟〜』

木ノ下歌舞伎は古典と現代を接続するためにさまざまな試みをしてきたが、今回の『木ノ下歌舞伎ミュージアム』はその活動のひとまずの集大成であると言える。演目としてはタイトルにもあるように2008年初演のダンス作品『三番叟』(監修:木ノ下裕一、演出:杉原邦生)を中心に置きつつ、「木ノ下歌舞伎ミュージアム」という架空の博物館をその外側に枠組みとして設定することで、古典と現代を接続するという木ノ下歌舞伎の精神がこれ以上ないほどに具体的な形として描き出されていたのだ。
 
『木ノ下歌舞伎ミュージアム』はまさに「木ノ下歌舞伎ミュージアム」の開館記念式典として上演される。開演の時刻になるとミュージアムに見立てられた春秋座の入り口に「木ノ下歌舞伎ミュージアム理事長」である木ノ下や「木ノ下歌舞伎ミュージアム館長」杉原らが現れ、テープカットを行なう。その後、場は内覧会へと移り、観客は館内に展示された『三番叟』関連の資料を見て回ることになる。そこには能・文楽歌舞伎それぞれの『三番叟』についての解説や実際に使われる面に衣装が(そしてそれらに混ざってなぜかテープカットのテープとハサミやクラッカー、ダルマなどが)飾られている。木ノ下歌舞伎は毎公演、上演後のアフタートークに加え、公演に先立っての音声ガイダンスやフリーペーパーの配布などさまざまな形で観客に対し作品との接点を提供してきた。今回の「ミュージアム」形式での資料展示はその究極の発展形の一つだろう。
 
しばしの内覧の時間ののち春秋座のホール内部へと案内されると開館記念式典がはじまる。記念式典はきわめて記念式典らしく、理事長館長に加えニセ市長の挨拶やビデオレター、木ノ下歌舞伎のこれまでの歩みを振り返るスライドショーという具合に進んでいく。スライドショーが終わると舞台奥の幕が落ちて特設の客席が現れ、観客はそちらに移動するよう促される。そこで茂山童司による祝いの舞として『三番三』が披露されると、続いて木ノ下歌舞伎版『三番叟』の上演となる。茂山童司による『三番三』もまた、ミュージアムの展示と同じように木ノ下歌舞伎版『三番叟』へのガイドになっている。と同時にその逆、つまり木ノ下歌舞伎版『三番叟』が『三番三』へのガイドにもなっていることは言うまでもない。古典と現代とが相互に橋渡しの役割を果たし、さまざまな方向から観客を『三番叟』の世界へと誘うのである。
 
さて、展示や『三番三』の上演が『三番叟』への解説=観客を古典の世界へと誘うガイドとしてあるのは明らかだが、この会館記念式典自体もまた、『三番叟』という演目を上演する場を整えるために用意されたものである。というのも、『三番叟』は伝統的に「露払い」として、主に上演のはじめに演じられてきた演目でありかつ祝い事に際して行なわれる祝言の舞でもあるからである(そしてこのこともまた、当然のことながらミュージアムの展示で解説されている)。歌舞伎についてのミュージアムのオープンを祝うのに『三番叟』ほど相応しい演目はない。そして木ノ下歌舞伎版『三番叟』の中には、現代における祝い事のモチーフも取り込まれている。ミュージアムに展示されていたテープカット、クラッカー、ダルマがそれである。ミュージアムのオープニングを示す儀式として行なわれたテープカットは木ノ下歌舞伎版『三番叟』のクライマックスで繰り返されることになるのだ。
 
『木ノ下歌舞伎ミュージアム "SAMBASO" 〜バババッとわかる三番叟〜』は『三番叟』をコンテンポラリーダンスへと翻案するのみならず、それが上演される文脈までをも翻案し、現代の文脈へと再構築してみせた。だが、「木ノ下歌舞伎ミュージアム」という構想は単に『三番叟』を上演するための場としてだけ提示されたわけではないだろう。『木ノ下歌舞伎ミュージアム』上演は木ノ下歌舞伎の未来における構想実現への第一歩であり、プレゼンテーションでもあった。 今回の開館記念式典自体はフェイクだったわけだが、そこには木ノ下と杉原の本気が滲んでいたように思う。あからさまなパロディとしてマジメぶって執り行われた記念式典は、しかし「この式典はいつか現実になる」という奇妙な説得力を孕んでもいたのであった。