小野不由美『残穢』

実録風ホラー小説である。「端緒」と題された冒頭、作家の「私」の下にある女性から手紙が届いたことが語られる。自宅マンションの一室で机に向かっていると背後の和室からサッサッと微かな音が聞こえるというのだ。ただそれだけのこと、だったのだが…。怪異に連なる因縁を探り始めた彼女たちは困惑する。この辺りには人の居着かない場所が多いらしい。ポツリポツリと聞こえてくる怪談。曰く、あそこの婆さんは赤子の泣き声に怯えていた。曰く、あの家の床板には赤黒い染みが広がっていた。曰く、首を吊った女の影が揺れるのを見た。やがてそれらの場所に関わる人々の死までもが語られるが、怪異を説明してくれるような因果は一向に見つからない。やはりただの偶然なのかそれとも…?
 
作者自身を思わせる「私」は怪異を信じていない。作中の怪異も基本的には他者の語りを再現したものである。ゆえにそこに差し迫った恐怖はなく、全体として落ち着いたトーンで事の顛末は語られていく。しかしこれが、怖いのだ。ヒタヒタと足元に迫る水のように、恐怖の水位がジワリジワリと上がっていく。これはフィクションだと知りながら、どこかで現実と虚構の境界が崩れていくような感じがする。そう言えば、主人公は作者自身だったではないか。実名で登場するホラー作家たちもいる。いやしかし…。
 
目次を繰ると因果の糸は「今世紀」から「明治大正期」まで遡ることが示唆されている。だが怪異は本当にそこに始まるのだろうか。むしろ調査する中で、この本が語る中で怪異は生み出されているのではないか。百物語は怪談を語る行為自体が怪異を呼ぶ。本の冒頭は「端緒」と題されている…。そして私は終章「残渣」を読み終え本を閉じる。『残穢』という題字を眺めながら、背中に薄ら寒いものを感じる。この小説はいったい、何をどこに残したのだろうか。あるいは、生み出したのだろうか。気付けばドップリと恐怖に浸かっていた。