バストリオ 世界のかけら(SFマガジン2015年10月号 現代日本演劇のSF的諸相 第15回)

世界はただ、そういうふうになっていた。

 『100万回』

 

バストリオの作品をはじめて見たのは二〇一三年の二月、横浜のnitehi worksでのことだった。タイトルは『点滅、発光体、フリー』。複数の物語の断片、歌、ダンス、光のコラージュで作り上げられた時間は夢のような手触りを持っていた。手を伸ばせば掴めそうで、しかしするりとすり抜けていく意味と、圧倒的な生々しさ。夢とはつまりリアリティだ。見たことのあるものでできた見たことのない世界がそこにはあった。

バストリオの話を個人的な記憶からはじめるのは、彼らの作品にはそれがふさわしいからだ。バストリオの作品は、彼らの活動は常に世界との出会いとしてある。

バストリオは今野裕一郎が全作品の作・演出を務める演劇ユニット。二〇一〇年に活動を開始。これまでに本公演として六作品を上演し、他にもミュージシャンとのコラボレーションやワークショップ公演としてパフォーマンスを上演してきた。大学でドキュメンタリー作家の佐藤真に師事していた今野は、映画監督としてもドキュメンタリー映画とフィクション映画の両方を製作している。

今回取り上げるのはバストリオの演劇(とパフォーマンス)だが、そのいずれにも、「ドキュメンタリー作家」としての今野の姿勢がはっきりと表われている。寓話的、非現実的な物語の断片が並び、明確な意味を結ばないかのようなバストリオの演劇作品は、一見したところ、ドキュメンタリーの対極にあるようにも思える。しかしそれらは出演者たちとの稽古の中で生まれた断片によって構成されたものであり、その意味で、バストリオの演劇はまさにドキュメンタリーなのだ。断片的な場面を並べるという手法はまた、映画におけるモンタージュを思わせる。ドキュメンタリーは目に見える現実を素材とするが、作家は場面を連ねることで見えないものを浮かび上がらせる。モンタージュはそのための手段だ。異なるもののモンタージュが世界の輪郭を鮮やかに描き出す。

バストリオの演劇作品がドキュメンタリーだとして、それはフィクション=物語を排除するものではない。むしろ、そこには常に複数の物語がある。現実の世界と同じように、作品もまた複数の物語が交錯する場なのだ。出演者個人の物語。作品が上演される場所の物語。そしてそこに導入される虚構としての物語。それらが交差するところに演劇という「今」がある。

バストリオはここ数作品、すでにある物語を起点として作品を立ち上げている。たとえば、二〇一三年八月に新潟県松代の山ノ家で上演され、その後、二〇一四年二月に下北沢の富士見丘教会で上演された『100万回』は、タイトルが示す通り、佐野洋子の絵本『100万回生きた猫』をモチーフとした作品だ。輪廻転生を繰り返す美しい白い猫の物語と、出演者たちの日記、彼らが思い出を語る言葉が並ぶ。minamo×バストリオ名義で発表されたこの作品では、音楽ユニットminamoの杉本佳一と安永哲郎が音楽と生演奏を担当した。

作品のはじまりはこうだ。出演者が登場し、今野が彼らを紹介する。中央に立った今野はマッチを擦り、火を点ける。火が消え、煙が上がる。「その猫は、死にました」。冒頭から告げられる死は輪廻転生を暗示するようでもある。生と死はバストリオの多くの作品で主要なモチーフとなっている。だがそれらは(特に「生」は)抽象的な概念としてではなく、かぎりなく個別具体的なものとしてあり、生をそのようなものとして享受する場として演劇は選ばれている。出演者と観客は同じ空間にいる。作品が上演される建物も、その場にあるモノも、音の響きも、あるいは天気も。『100万回』を観た日は大雪だった。天井の高い教会のしんと冷えた空気と、半身に感じる暖房の熱を覚えている。新潟の上演では夏の熱気や虫の音があっただろう。用意されたものであれ、たまたま居合わせたものであれ、ただ「今そこにあること」。その積み重ねとしてのみ「生」はあり得る。

マッチの先に灯るささやかな火と立ちのぼる煙、そしてかすかな匂い。告げられる猫の死が火葬のイメージを呼び込み、あるいは命の儚さを感じさせるが、一方でバストリオの作品ではしばしば、マッチというアイテムはまさに「今そこにあること」=生を象徴するものとして使われているようでもある。『100万回』下北沢公演の特設サイトには次のような言葉が掲げられている。「1.予測できることは予測しない」「2.予測できないことは制御しない」。これらは世界と出会うための、出会い直すための心構えだ。マッチのもたらす火や煙は人間の意志とは無関係にただそこにある。揺らめく炎も煙のたなびく様も、マッチの擦られるその度に異なるものとなるだろう。あるいは、現実をそのようにまっさらな目で捉え直すための儀式としてマッチは擦られるのかもしれない。

水や重力もまた、そこにあるリアルを、そこにあることのリアルさをはっきりと示して見せる。バストリオの出演者は舞台上で水を撒き、あるいは飲み、様々な物を放り投げてみせる。撒かれた水も放られた物も、火や煙と同じように「自由に」ふるまう。もちろんそれは当たり前のことだ。だがその当たり前を普段の私たちは見ていない。演劇は現実を素材に虚構を作り上げるが、作り上げられる虚構はしばしば現実に新たな側面から光をあてることになる(たとえば役を演じる俳優はより魅力的に見える(ことがある))。私たち観客は舞台上にあるというただそれだけで、いつもなら見過ごしてしまうようなものにも視線を注ぐようになる。バストリオが舞台上にあえて身も蓋もない「リアル」を持ち込むのはそのためだ。

バストリオの現実への姿勢は一貫している。バストリオは足立区の子供たちと「こどもえんげき部」として活動し、これまでに『みんなちがってる』『夢みたい』の二作品を発表している。残念ながら筆者はどちらの作品も未見なのだが、ドキュメンタリー作家としての今野の姿勢を考えれば、子供たちとの活動は一つの必然だ。ドキュメンタリー作家と子供たちとに共通しているのは、彼らの視線がただそこにある世界へと開かれているということだ。そしてそれは子供たちに、いや、他人に対峙するための最低限の倫理でもあるだろう。バストリオには他にも子供を主人公としたフィクション映画『信じたり、祈ったり』や、ある夫婦の間に子供が生まれてくる瞬間を収めたドキュメンタリー映画『3人、』がある。

二〇一三年七月に清澄白河SNACで上演された『グッドバイ』のある回では、開け放された空間にカナブンが迷い込んできたらしい。バストリオの作品においては、ブンブンと飛び回る侵入者カナブンもまた出演者になり得る。その回に居合わせた人々の感想には好意的なものが多かった。

『グッドバイ』は太宰治の小説『グッド・バイ』をモチーフとした作品だ。この作品にも出演者の日記の言葉がコラージュされている。言葉は過去を現在へと呼び込む。作品が、観客の目の前に立つ出演者たちが積み重ねた時間が示される。「わたしたちは別れなくてはいけないので、グッドバイをはじめます」。出会いは別れのはじまりであり、別れるためには出会わなければならない。日記の言葉は『グッドバイ』の出演者たちが出会ってから別れるまでの時間だ。作品が終われば彼らは別れていく。はじまり、終わり、そしてまた新たにはじまる時間。作品の終盤、日記の「15日」という日付が終戦の記憶を呼び込む。ここにもまた一つの終わりとはじまりがあった。その先に私たちのいる「今」がある。

「日本で戦争が起こるんだよ」。二〇一四年に上演された『アリス、どこに行くの?』の一節だ。夢のような、非現実的な手触りを持ったバストリオの作品は、しかし常にその時々の空気を色濃く反映している。世界の美しさを捉える目は、その残酷さにも等しく向けられている。アリスの通り抜けた穴は人が生まれ出る穴であり、死を告げる銃弾のあけた穴でもある。「穴がなくなったらどこにいくんでしょう」。「もうどこにも行けなくなるかもしれないな」。バストリオは現実に穴を穿つ。「繋がってるんですよ。わたしたちに見えないところで」。舞台にはリンゴが転がっている。落ちるリンゴを見てニュートン万有引力を発見したという。見え(てい)ないものに気づく力を与えてくれる知恵の実は、一方で楽園からの追放をもたらすだろう。バストリオの作品は世界に(そして私たち観客に)強烈な一撃を喰らわせる。それは世界への愛をこめた挨拶であり、現実への宣戦布告だ。

私たちが見て、聞いて、そして知ることができるのは、この広い世界の断片に過ぎない。バストリオ/今野はそれらを異なる形でつなぎ合わせ、世界のかけらの一つ一つを輝かせてみせる。その輝きはだが、はじめからそこにあったものだ。今野はただそれを引き出し、あるいは私たち観客の目をそれに向けて開かせる。世界はそこにある。注がれるまなざしは優しく厳しい。

バストリオの次回公演『ニュークリアウォーター』は十月一日(木)から五日(月)まで横浜のSTスポットにて。タイトルのニュークリアは原子力を意味するnuclearか、それともnew clear waterで「新しく澄んだ水」だろうか。おそらく両方なのだろう。二〇一〇年から活動を開始したバストリオの作品の多くは二〇一一年三月十一日以降に作られている。世界には絶望も希望もある。バストリオはしかとそれらと対峙する。

ロロ『いつだって窓際であたしたち』

戯曲と演出と俳優の能力が重なり合えば、観客の想像力を喚起して、意識の流れを誘導し、その場にいなくなった人間についての物語も、あるいは前後の時間や、舞台の外側の空間についても、容易に観客に想像させることができるのだ。すなわち、ある限られた空間、ある限られた時間を描くだけで、世界全体をうつし出すことができるのだ(平田オリザ『演劇入門』)

『いつだって窓際であたしたち』は「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三高等学校」を舞台にした連作群像劇、「いつ高」シリーズの第一作として上演された。「いつ高」シリーズは全作品が全国高等学校演劇コンクールのフォーマットに則って作られるのだという。それはたとえば舞台美術の仕込みを一〇分以内、作品の上演を六〇分以内に行なう、などの具体的な制約に基づいて作品が作られているということなのだが、同時に、このシリーズはもう一つ別のフォーマットにも則っているように思われる。平田オリザの「現代口語演劇」がそれだ。

「いつ高」シリーズが「現代口語演劇」だというのは、一つにはもちろん技巧上・作劇上の特徴、つまり同時多発会話を含むナチュラリズムに基づいた演技や「現実」に限りなく近い(ように思われる)舞台設定、上演時間と劇中の持続時間の一致(上演時間一時間の作品であれば劇中でも一時間が流れる)などが「現代口語演劇」のそれと一致しているからだ。これまでのロロ/三浦直之の作品がリアリズムとはかけ離れた、想像力の風呂敷をこれでもかと広げるような作風だったことからも、「いつ高」シリーズにおける変化は際立って見える。このような変化は「高校を舞台とした連作群像劇」というフォーマットに要請されたものであるようにも見えるが、重要なのは形式よりむしろ、「現代口語演劇」に内在する世界への姿勢だったのではないだろうか。

「現代口語演劇」の作品は閉じた世界=完結した作品としてではなく開かれた世界の断片として存在する。劇中で描かれる「今ここ」、舞台上の「今ここ」はある時間的・空間的広がりの中にあり、観客は劇場という「今ここ」でその一部を目撃するのだ。一作ごとに主人公が代わる連作群像劇という形式は、まさに一作一作を開かれた世界の断片として存在させることになる。そして「高校の教室」という「今ここ」もまた、開かれた世界の中にある。

高校生になると行動範囲も広がり、たとえばバイトをしている奴もいる。意志さえあれば学校以外の世界と接する機会はそこここに用意されているだろう。しかしその自由度は大学生と比べれば限られたものでしかない。多くの高校生の生活は学校を中心に回っていて、その意味で高校生にとって学校や教室は「世界」そのものであり得る。高校生は教室という「世界」に生きながら、窓から吹き込む風に世界の広がりを予感している。

『いつだって窓際であたしたち』はある教室の昼休みという限定された時空間を描きながら、様々な形でそれ以外の時空間への広がりを見せる。LINE、噂話、写真、地球儀、YouTubeGoogleストリートビューなどなど。机に置かれるミニチュアの校庭やiPhoneといったガジェットは、切り取られた小さな「世界」が大きな世界とつながっていることを、教室、学校、あるいは劇場という小さな「世界」が大きな世界へと開かれていることを示す。イヤフォンから漏れる音楽や漂うシューマイの匂いは、思いがけず自分の知らない「世界」に届いている。

高校生観劇無料、戯曲無料公開、高校生以下の上演・二次創作料無料、部員数に合わせた二次創作歓迎という「いつ高」シリーズの試み自体、世界へと開かれた窓としてあるだろう。それは高校生にとっての窓であると同時に、ロロ/三浦自身にとっての窓でもある。ロロ/三浦以外の手による上演・二次創作が世界を広げていく。

ところで、リアリズムに基づいて書かれているように見える「いつ高」シリーズの台本冒頭には、「ファンタジーでなければならない」というト書が共通して置かれている。あるいは、メインビジュアル・上演台本挿絵を担当する漫画家・西村ツチカの絵について三浦は、「知っているのにみたことのない世界がたくさん描かれていて、それってつまり青春みたいだなとおもいます」と言う。「今ここ」にそうではない時空間を、目の前にいる人にまた別の人を見ることのできる演劇はいつでもファンタジーで青春なのだ。だから、窓は常に開かれている。    

柴崎友香『春の庭』論(ペネトラ5、2014年11月)

世界は無数の時間の織りなす綾としてあり、柴崎友香の小説はその様を精緻に描き出す。わたしの、あなたの、モノの、現在の、過去の、未来の、そしてフィクションの時間。無数の時間はもつれ、より添い、重なり合い、あるいは一瞬の交錯を経て離れていく。そうして世界は広がっている。

柴崎はときにラジカルな手法で世界の綾を紡いできた。『ビリジアン』では日常の風景の中にアメリカの映画スターやアーティストが何食わぬ顔で登場し主人公と会話を交わす。『ドリーマーズ』はタイトルの示す通り夢にまつわる連作短編集だが、読者は現実に夢が陥入してきたかのような感覚を得ることになるだろう。夢やフィクションもまた現実の一部として世界という謎を構成している。

第一五一回芥川賞を受賞した『春の庭』もこのような系譜に連なる作品である。とは言え、『春の庭』には一見したところ『ビリジアン』や『ドリマーズ』に見られたラジカルさはない。だがむしろ、そうであるがゆえにより一層、『春の庭』では小説の原理に関わる試みが際立っていると言えるだろう。その一つはもちろん、終盤に突如として登場する「わたし」の存在である。本稿では『春の庭』で描かれる時間のあり方や人称の使用に注目して作品を分析し、最終的にこの「わたし」の正体を明らかにすることを目指したい。

 

時間の多層性

太郎はある日、同じアパートの二階に住む女がベランダから身を乗り出し、同じブロックに立つ水色の家を覗き込んでいるのを目撃する。後に知り合った彼女、西が語ることには、その水色の家は彼女の持つ写真集「春の庭」が撮影された場所であり、彼女はその家の中をどうしても見たいのだという。『春の庭』で描かれるのは、太郎と西がその家に住む森尾一家と知り合い、ついには西の念願だった水色の家のバスルームを実際に見るまでの出来事とその後の顛末である、とひとまずはまとめることができるだろう。

この小説の中心に「春の庭」という写真集が置かれていることは象徴的である。写真は時間や距離によって隔てられた二点をつないでしまうメディアだからだ。しかも、「春の庭」を撮影したのはCMディレクターである牛島タローと、小劇団の女優である馬村かいこという、言うなればフィクションの世界の住人なのである。太郎は、テレビの中の人や場所を自らとは関係のないものだと思っていたと言う。

もし自分が子供の頃に、近所でテレビの中の人が役柄とは違う格好で歩いているところに遭遇したら、よろこぶというより混乱したのではないかと思った。(…)太郎は大阪で育ったが、テレビドラマの中のことは、どこか遠くの場所にあって、自分が生きている場所とは関係ないのだと思っていた。背景の住宅街も、工場に囲まれた埋め立て地にある自分の街とは全然似ていなかったし、話す言葉も違っていた。だから、安心して見られたし笑うこともできた。もし、自分の街の中にその世界があったら。どっちがほんとうなのかわからなくなって、部屋から出られなくなったのではと思う。この街で育つ子供たちは、その二つの世界をどのように区別しているのだろう。(二四−二五)

 だが小説のラストで太郎は(そして読者も)ついに非現実的な世界に迷い込むことになる。森尾一家が引っ越し、空き家となった水色の家に太郎は一人忍び込む。二階の一室で眠りに落ちた太郎が翌朝目覚めると階下から聞こえてくるのは「庭から女性の遺体が発見されました」という言葉だ。劇的な出来事はほとんど何も起こらず、淡々と進んできたこの小説の最後に用意されたあまりにも衝撃的な展開はしかし、すぐさまそれがサスペンスドラマか何かの撮影だったという形でオチをつけられる。だが、太郎はテレビに出ている女優と一瞬ではあるがコミュニケーションを交わす。太郎は水色の家で、自分とは無関係だと思っていたテレビの世界と束の間の接点を持つのである。「春の庭」とそこに映された水色の家は過去と現在を、テレビの中のフィクションと現実とをつなぐ場としてある。

太郎たちが住む「ビューパレス サエキⅢ」というアパートもまた、複数の時間の交わりを象徴的に表わしている。アパートの部屋番号には干支が割り振られているのだが、それは「辰」からはじまっており、「子」から「卯」の四部屋がない。疑問を感じた西は「ビューパレス サエキⅠ」や「Ⅱ」があるのではないかと探すが見つからず、そもそも「Ⅰ」「Ⅱ」があったところで、それらがそれぞれ二室ずつしかないというのもおかしな話である。疑問は解けず、「ビューパレス サエキⅢ」はそのようなものとして、ローマ数字と干支という二つの異なる数え方の(しかもそれらは途中なのだ)交わる場所に立っている。太郎たちが知ることができるのは、「ビューパレス サエキⅢ」だけであり、「辰」から「亥」までの八つの部屋だけなのである。

「わたし」のいない(いなかった/いないであろう)時間や場所にも時間は流れている。それはまるで暗渠のように目の前にふいに現われ、そしてまた消えてゆくものとしてあるだろう。

 毎日歩く地面の下は、暗渠の川が流れている。水道やガスの管がある。不発弾があるかもしれない。ここはどうだかわからないが、もう少し新宿に寄ったあたりでは空襲の被害があったと、それは美容師をしていたときに年配の客から聞いた。不発弾があるなら、そのときに燃えた家や家財道具のかけらも埋まっている。もっと昔はこのあたりは雑木林や畑だったらしいから、毎年の落ち葉や木の実やそこにいた小動物なんかも、時間とともに重なって、地表から少しずつ深いところへ沈んでいった。

 その上を、太郎は歩いていた。(九四)

柴崎が描くのは、しかしこのような時間の多層性だけではない。『春の庭』においてはしばしば文章それ自体が、いわばパフォーマティヴに時間の多層性を生み出し暴き出すものとして機能している。

その機能はたとえば、「缶ビールは冷えすぎていた。」(一三)のような何気ない記述に仕組まれている。「冷えすぎていた。」という記述が時間の経過を感じさせるというだけではない。実のところ、「缶ビールは冷えすぎていた。」という記述は多くの読者には唐突に思われるであろう形で登場する。「缶ビールは冷えすぎていた。」の直前まで、読者は太郎の同僚で結婚する沼津が婿入りするため相手の墓に入らなければならないという話と、太郎自身の亡くなった父親の骨などにまつわるエピソードが入り交じった太郎の回想らしきものを四頁にわたって読んでいる。その回想らしきものが「太郎は、小学生のときに鉄棒に額をぶつけて切ったことがあるが、そのとき同級生たちが骨が見えると次々にのぞきに来たのに、自分だけが結局見られなかったことが今でも心残りだった。」(一二−一三)と締められたあと、段落が変わると突如として「缶ビールは冷えすぎていた。」という文章が現われるのである。しかも、直後に「リサイクル店で買った冷蔵庫は最近、おかしな音がする。」という一文が置かれると、一行の空白を挟んで「金曜の朝」と別の日の話がはじまってしまうのである。空白の直前の段落はほとんど不要なもののようにも思える。だが、この段落が置かれていることで、読者は太郎の回想から太郎の部屋へと引き戻されることになるだろう。太郎の回想らしき描写がはじまるのは、仕事を終えた太郎が帰宅した部屋で缶ビールを開けた直後であった。その缶ビールが太郎の回想を経て四頁の後に読者の前に戻ってくることで、読者は太郎の部屋という「現在」の中に「過去」の時間が入り込んでいたことに改めて気づかされるのである。

 

視点の移行

同様の企みは西が太郎に水色の家を覗き込んでいた理由を説明する居酒屋の場面にも見られる。この小説は三人称で書かれているが、基本的にその視点が太郎に置かれていることは、太郎の内面描写だけが地の文に登場することからも明らかである。ところが、いくつか例外となっている箇所もある。そのうちの一つがこの居酒屋の場面だ。この場面ははじめのうちこそそれまでと同じ、太郎視点の三人称で書かれているが、西が自身の過去を語りはじめると太郎は姿を消し、西の内面描写を含む三人称に、つまりは西視点の三人称へと変化する。

このような視点人物の変更は巧妙に行なわれているため、ともすれば見落としてしまいかねないものである。それが太郎の視点であれ西の視点であれ、文章が三人称で書かれていることには変わりはないし、ここまでに発せられる西の言葉もまた、太郎のそれと同じようにしばしば地の文に組み込まれる形で書かれているため、視点人物が太郎から西へと変化したところで、全体の印象はさほど変わらないのだ。視点が完全に西へと移行する前、二人の会話はたとえば次のように書かれている。

 そんなに住みたい家なら内見だけでも行ってみればよかったのではないか、たとえば数人でシェアできる可能性もあったのではないか、と太郎が尋ねると、西は、自分は同じ空間に動くものがあると落ち着かないから他人とは暮らせないし、妙に律儀なところがあって住むつもりもない部屋を見に行って不動産屋の人を煩わせてはいけないと思った、と言った。(三八)

この部分だけを取り出すと内面描写がないため、視点人物を持たない(「神の視点」による)三人称描写として読むこともできるが、これ以降、太郎は姿を消し、いつしか西の内面もが三人称の下に語られていくことになる(よく読めばそれ以前から西の内面は地の文に混入してきてはいるのだが)。もちろん、この場面が西から太郎への事情説明の場としてあったことを考えれば、西を視点人物とした三人称による描写は、二人の会話の場面から太郎の反応と「と言った」という表現を省略したもの、西の語りの内容のみを三人称の下に抽出したものとして読むことができるだろう。実際、太郎が再び視点人物に戻ってくるのは次のような文章においてなのだ。

 それだけ話すあいだに、西は生ビール中ジョッキを七杯のみ、トイレに二度行った。太郎は、最初の一杯はビールで、そのあとはウーロン茶にしていた。(五一)

西視点の三人称描写が延々と続いた後にこの文が置かれていることから、三人称描写が西自身による語りと同等のものとして位置付けられていることがはっきりとわかる。だが問題は、視点人物のスライドの意味ではなく、その引き起こす効果である。

さらなる検討に入る前に、佐々木敦による人称と視点人物に関する整理を参照しておこう。佐々木は「一人称」と「三人称」の区別が必ずしも明解なものではなく、「それは言わば入れ子状になっている」と言う。

「視点人物」という便利な言い方がある。文字通り物語内にあって語り=読みの視点となる人物のことである。「視点人物」は複数であってもよいし、また「視点人物」が必ずしも「話者=語り手」である必要はない。それは語り手がいないように見える「三人称小説」で、ごく普通に行なわれていることである。だからむしろ「視点人物」と登場人物の一員でもある「語り手」が一致している「一人称」は、この意味での「三人称」の変形であると考えることが出来るのではないか。これをそのまま逆転させれば、「視点」を固定された「三人称」は「一人称」の変形であるとも言えるのだ。入れ子というのは、このような意味である。(『あなたは今、この文章を読んでいる。』八三−八四)

 『春の庭』はまさに、基本的に太郎に「『視点』を固定された『三人称』」による小説であり、その意味で変形「一人称」小説である。ところが、自らについての西の語りが地の文として書かれることで、太郎の視点と西の視点が、言わば重なりあった状態で存在してしまうことになる。自らについて語る西の視点が西自身に置かれているのは当然だが、そこには居酒屋で西と同席して話を聞いている太郎の視点も潜在しているからである。

鍵括弧や「と言った」のような表現は、いわばマーカーとして機能し、それによって括られた部分を文章の他の部分から区別する。『春の庭』に即して言えば、基本的に太郎視点の三人称で書かれているこの作品において、地の文で書かれ得るのは原則として太郎の見聞きした内容や考えたことのみであり、他人の発言は鍵括弧で括って示され、あるいはそれを地の文に組み込むときは、たとえば「西は〜と言った」という形でそれを明示する、というのが原則的な書き方となる。もちろん、これはあくまで原則であり、このような規則に則らない「ルースな」三人称小説はいくらでもある。だが、『春の庭』はここまで、基本的にこの原則を忠実に守る形で書かれており、だからこそ、西の視点へのスライドが奇妙な効果を発揮する。マーカーの使用という原則をピンポイントで破ることで、太郎の視点にその外部、この場合は西の視点が流入してくるのである。西の話を聞いている太郎の視点は、ここでは西の視点とぴったりと重なりあっている。読者は「太郎は、最初の一杯はビールで、そのあとはウーロン茶にしていた。」という一文を目にして、そのことに改めて気づかされることになる。西の語りの間(そこには幼少時から今まで、つまりは水色の家に興味を持つまでのエピソードが含まれている)、居酒屋の様子は描写されないが、ほとんどの読者はそのことを意識しないだろう。だがその間にも太郎と西は居酒屋で八杯のビールと何杯かのウーロン茶を飲んでいる。西から太郎への再びの視点の転換が、今度はあからさまな形で行なわれることで、そこに複数の時間があったことが暴かれるのである。

さらに言えば、その効果は『春の庭』を読んでいる読者自身にさえも波及し得るだろう。読者はこの二文を読んだ瞬間、太郎がかなり長いあいだ登場していなかったこと、あるいは、読み進めるうちに自分が居酒屋にいる太郎の存在を忘れていたことを改めて意識させられることになる。実際のところ、太郎が姿を消してからここまでに一三頁もの「時間」が経過している。ここには小説内世界という枠組みを越え、本を読むという行為の時間性をも意識させる契機が潜在しているのである。

 

三人称的一人称

居酒屋の場面において、人称は様々な意味での「小説の時間」を、その多層性を浮かび上がらせる契機として存在していた。このような視点から考えることで、この小説における唯一の不可解な点、小説の後半に突如として登場する「わたし」という一人称についてもいくらかの説明が可能となるだろう。

すでに述べたように、『春の庭』は基本的に太郎視点の三人称で書かれた小説である。ところが、小説の終盤、全一四〇頁のこの作品の一一八頁に至って突如として次のような記述が現われる。

 わたしが太郎の部屋を訪れたのは、二月に入ってからだった。

さらに読み進めるとわかることだが、この「わたし」は太郎の姉である。太郎に姉がいることはここまでにも書かれてはいるのだが、一体全体、なぜこの段階でその姉が「わたし」という一人称をともなって登場してくるのか。さらに、「わたしが帰った次の日、太郎は、賃貸情報サイトで部屋を検索してみた。」(一二九)という記述が、この「わたし」という存在への違和感をより一層増すことになる。この記述を契機として、小説の記述は太郎視点の三人称へと戻るのだが(「太郎は、部屋を探すのはもっと後でいいと思った」一二九)、またすぐに「ひと月後、わたしは名古屋にいて」と姉の一人称視点へと引き戻されてしまう。一三二頁の「わたしが歯を埋める場所を探しに外へ出た六時間後、太郎は、ベランダの柵を乗り越えて立ち入り禁止の中庭に降りた。」で記述はようやく太郎視点の三人称へと戻り、以降姉の一人称が再び登場することはない。

この「わたし」が不可解にも思われるのは、その登場があまりに突然であることもその理由の一つではあるが、「わたしが帰った次の日」や「わたしが歯を埋める場所を探しに出た六時間後」など、「わたし」=姉がいないはずの時空間の出来事を一人称視点の下に記述しているように感じられるからである。なるほど、「わたし」が一人称視点の指標なのであれば、そこで「わたし」の知らないことが語られることは不可解である。であるならば解決策は一つしかない。つまり、少なくとも引用した二箇所での「わたし」は視点人物ではないのだ。

引用した二箇所は「わたし」の視点からの描写ではなく、単なる事実の記述としてある。いや、これは改めて指摘するまでもなく、実のところ該当箇所を読んだ時点で明らかなことなのである。にも関わらず、読むものの多くが大なり小なり違和感を感じるのはなぜか。それは、この「わたし」という一人称があまりに三人称的だからである。

佐々木が指摘したように、視点の固定された三人称は一人称の変形とみなすことができる。たとえばこの小説で「太郎」を「おれ」と置き換えることは十分に可能であり、そのことによる不都合はほとんどないはずである。だからこそ、太郎以外の人物に、太郎には与えられていない一人称が与えられていることは混乱を生じさせることになる。一方、視点人物の固定されていない(あるいは設定されていない)三人称で、登場人物の一人を「わたし」に置き換えた場合はどうだろうか。こちらはほとんどの場合、何かしらの不都合が生じるように思われる。『春の庭』の「わたし」の違和感も同じようにして生じていることは、「わたし」を「姉」に置き換えてみれば明らかだろう。「わたし」の存在によって生じていた違和感は見事に消え去るはずだ。前後に空白が置かれている分、前述の居酒屋における西の視点よりもむしろ不自然さは少ないとさえ言えるだろう。

一人称から三人称への変換よりも三人称から一人称への変換の方が難しく感じられるのは、一人称が特権的なものであると慣習的に看做されているからである。一人称が視点人物の指標であるというのはその意味だ。だが、その特権は果たしてそれほど自明かつ確固としたものなのだろうか。視点人物ではない一人称というものが考えづらいのは(少なくとも慣習的には存在していないのは)なぜだろうか。答は明らかである。現実の「わたし」がそのようなものとしてあるからだ。

現実の世界において、人はそれぞれ自らの=「わたし」の視点を通してしか世界を見ることはできない。ゆえに、現実の似姿として小説が書かれるとき、その中に書き込まれる「わたし」もまた世界を見るための視点となる。だが一方で、「わたし」もまた作者によって書かれることで存在しているという点においては、他の登場人物たち、三人称の登場人物たちと同じなのである。一人称によって与えられる特権はまやかしに過ぎず、それはむしろ、登場人物を視点人物という立ち場に縛りつける、いわば呪いのようなものでさえあったのだ。

柴崎はこの呪いを解いてみせた。一人称と世界を見る視点とを切り離すことで、「わたし」をより自由な小説空間へと解き放ったのである。現実の「わたし」は世界を見る視点から離れることはできない。だが小説ではそれが可能だ。

三人称の視点人物としての太郎を中心に世界を描きながら、作品の終盤で太郎とは別の「わたし」が登場することで、両者はともに相対化されることになる。一人称的三人称と三人称的一人称。太郎がいなくても世界は回っているし、「わたし」がいなくても世界は回っている。人はそれぞれ自らの人生の主人公ではあるかもしれないが、世界の主人公ではない。世界は「わたし」からは自由なのだ。

このように考えたとき、ほとんど無意味に思えるほどに『春の庭』に氾濫する名前の一致、あるいは類似とでも言うべき事態もまた、作者の企みのうちにあることは明らかだろう。太郎の同僚の沼津は沼津ではないが静岡の出身であり、彼が飼っていた犬は「目頭に黒い模様があってチーターみたい」(一〇)だからチーターという名前だった(そう言えば山下澄人『ルンタ』にはクマという名前の犬が登場する)。沼津と沼津は関係ないが、チーターはチーターに似ているからチーターだ。「わたしは一階の部屋がよかったかもですね。わたし、西っていうんですけど、一階に『酉』があるでしょう。漢字が似てるから覚えやすいじゃないですか」(三二)という西が住んでいるのは「辰」の部屋で、大家の長男は寅彦という名前だが、そのことは「ビューパレス サエキⅢ」の部屋番号にはどうやら関係ない。「牛」島と「馬」村とアパートとの関係もわからなければ、牛島タローが太郎と同じ名を持つことにも意味はない。意味はないが、同じ名前を持つということはそれだけで一つの関係のないもの同士をつなげてしまう。名前の向こうには「わたし」とは別の世界が広がっている。

 

おわりに

小説は、というより文章は、一つの箇所に二つ以上の時間を記述することができない。読書という行為もまた常に直線的なものとしてしかあり得ないという意味において、文字の読み書きは一つの直線的な時間に縛りつけられていると言えるだろう。人生も同じだ。「わたし」は常に一人でしかなく、時間は直線的に進み続ける。だがそこにはたしかに無数の時間が息づいているはずなのである。柴崎の小説は、いつもその無数の時間の豊かさを捉えるために書かれ/読まれると言っても過言ではない。

柴崎のアプローチは極めて原理的だ。書く/読むことによって構築される時間が直線的であることから逃れられないのであれば、どのようにしてその中に無数の、多層的な時間を注ぎ込むことができるのか。柴崎は人称や鍵括弧といったマーカーの持つ機能を失効させ、あるいは変質させてみせる。引き起こされるのは小説空間の平面化とでも言うべき事態である。これは多層的な時間を描くというねらいとは真逆の結果であるかのように思われるがそうではない。人が時間を(世界を)直線的・単線的にしか捉えられないとすれば、それは「わたし」に囚われているからである。小説空間の平面化は、世界を「わたし」から解き放つものとしてある。

一見したところ何も起きない『春の庭』には無数の時間がひしめきあっている。西の言葉を借りれば、庭は「自分の意志とは関係なく生きているものが存在する」場所なのである。庭とはつまり世界だ。そこには文字通り「わたし」の知らない世界が広がっているだろう。柴崎友香の小説はその手触りを鮮やかに描き出す。世界はそこにたしかにある。

移人称/演劇/鳥公園(In-vention第3号、2015年2月)

文芸評論家・渡部直己は「今日の「純粋小説」——『日本小説技術史』補遺」(新潮2014年10月号)を「移人称小説の群れ」と題した節からはじめている。渡部は小野正嗣『森のはずれで』(〇六年)、岡田利規『わたしたちに許された特別な時間の終わり』(〇七年)、奥泉光『神器』(〇九年)、青木淳悟『このあいだ東京でね』(〇九年)、磯崎憲一郎『赤の他人の瓜二つ』(一一年)、柴崎友香『わたしがいなかった街で』(一二年)、松田青子『スタッキング可能』(一三年)、藤野可織『爪と目』(一三年)、保坂和志『未明の闘争』(一三年)と作品を挙げながら、「三人称多元小説における通常の焦点(≒視点)移動が、作中で三人称を与えられた複数の人物間に講じられるのにたいし、上記諸作にあっては、語りの焦点が、一人称と三人称とのあいだを移動し往復する点」にその特異性があると指摘する。渡部はさらに、「いわゆる『枠』小説や『考証体』小説における報告者(一人称)と当事者(三人称)の関係」や「『内的独白』にみる(同一人物に与えられた三人称から一人称への)転称性など」、「もとより、ひとつの作品のなかに、二種類の人称性が併存する事例は、昔もいまも少なからず存在する」としながらも、「上記諸作にあって、一人称と三人称は、同一次元の作中人物としてかかわりあい、あるいは、同じ話者の資格で、語りを引き継ぎ譲り渡すといった関係におかれる」と言い、その点で「併存型との区別」がなされる小説を特に移人称小説と呼ぶ。

日本の現代小説において明らかに一つの潮流をなす「移人称」は演劇と浅からぬ関係を持っている。岡田利規はもちろんチェルフィッチュとしての活動で国内外から高い評価を受けているし、松田青子はかつてヨーロッパ企画という劇団の役者であった。他にも、「ギッちょん」(一二年)、「砂漠ダンス」(一三年)、「コルバトントリ」(一三年)で芥川賞の候補となった山下澄人も劇団FICTIONを主宰し、その作品の多くが移人称小説と呼ばれ得る作家である。複数の移人称小説の書き手が演劇と何らかの形で関係を持っているわけだが、これはおそらく偶然ではない。移人称と演劇とは原理的に密接な関わりを持っているのだ。

佐々木敦は『新しい小説のために』「「小説」の上演」(群像2014年4・6・7月号)の中で、移人称という言葉こそ使っていないものの、岡田の演劇と小説を詳細に論じている。佐々木は『三月の5日間』をはじめとする岡田の演劇における方法意識を「一言でいうと、それは「話法」=ナラティヴの問題である」としたうえで次のように整理している。

岡田が舞台『三月の5日間』でやってのけたのは、まず第一に、従来は分かち難く(そして特に疑問に付されることもなく)結びついていた「アクター(=俳優)」と「キャラクター(=登場人物)」を切り離し、組み替え可能にしたこと、そして第二に「アクター」に「ナレーター(=話者)」という機能を付与したこと、もしくは「アクター」にあらかじめ潜在していた「ナレーター」としての属性を増幅してみせたこと、である。

複数の俳優が入れ替わり立ち替わり「誰かの話を語る私」と「私の話を語る誰か」をややこしく(だがややこしくはなく)循環/交換しながら展開してゆく『三月の5日間』は、演じられている、というよりも、物語られている、といった方が、実態に近い。「誰かの話を語る私」「私の話を語る誰か」から「誰か」と「私」を抜くことで得られる「〜の話を語る」という文型の行為こそ、そこで為されていることである。すなわち「ナラティヴ」の前景化。 

考えてみれば、岡田の試行は「演劇」の「原理」とも深くかかわっていると言える。自分自身ではない誰か、他人/別人、この世界に存在したことさえない虚構の人物を「演じる」ということは、その居もしない「誰か」の存在を前提/必須とする「物語」に、その「誰か」として代入されることに他ならないからである。この意味で「演じる」と「物語る」は、常に既に重なり合っている。(……)あらゆる「アクター」は、常に必ず幾分かは「ナレーター」でもあるのであって、ただ普段は、その厳然たる事実が、なんとなく省略/忘却されているのに過ぎない。『三月の5日間』は、このことを独特な仕方で曝け出してみせたのである。

 佐々木はそもそも岡田の小説を論じるために岡田の演劇を召喚してきたのであり、無理を承知で途中の議論を大幅に端折って言えば、岡田の小説の新しさは「現前しない「アクター」」の導入にあるというのがその結論なのだが、演劇について考える我々が立ち止まるべきは結論の直前に置かれた一節である。「結局のところ「演劇」には一人称しかない。それは「人称」という問題がないのと同じことである」。どういうことだろうか。この一節に先んじて佐々木は小説家・保坂和志による岡田の小説の分析を参照している。保坂は「舞台の上で役者がしゃべっているかぎり、一人称の語りから逃れることはできない」が、「ただしそれはまったく無理ではなくて、黒子のような進行役のようなナレーターのような役割の人間だったら、舞台上でしゃべってもその語りは一人称の語りでなく三人称の語りになりうる」、「しかし思えば同じ役者がしゃべるのでも進行役のような内容だったら三人称の語りと位置づけられうるというのも変な話で、私とか自我とかいうものはもっとフレキシブルなものと考えうるということをこれは示唆しているのではないか」(いずれも『小説、世界の奏でる音楽』)と思考を進め、佐々木はそれを「舞台で俳優が喋っている場合は、キャラクターとしての発話であれば一人称だし、ナレーターとしてであれば一見、三人称のように思える(が、それはむしろ「三人称を演じる一人称」と考える方がおそらくは正しい、ということもここでは触れられている)」と言い換える。なるほど、発せられる言葉に注目するかぎりにおいて、演劇の言葉はほとんど常に一人称の下に発せられている。

だが、この結論は実のところ容易に反転してしまう。つまり、演劇には三人称しかない(とも言える)。なぜなら、観客は常に、役者の発する言葉と舞台上の役者の存在をセットで受け取り、その言葉の背後に(=言表行為の主語として)役者が演じている役を(無意識に)補完しているからである。佐々木はハムレットを例に演劇の仕組みを次のように整理している。

(1)ハムレット「生きるべきか死すべきか、それが問題だ」

(2)「生きるべきか死すべきか、それが問題だ」とハムレットは言った。

(3)「生きるべきか死すべきか、それが問題だ」とハムレットは言った、とシェイクスピアは書いた。

(4)「生きるべきか死すべきか、それが問題だ」

 

(1)は「戯曲」の記述である。だが、俳優によって発話される時、それは常に(2)を潜在させている。(2)は「小説」の文体といってもいいだろう。そしてそれは同時に(3)でもある。だが実際の舞台で発され/聞かれるのは(4)だけである。『三月の5日間』がやっているのは、いうなれば(4)に(そして(1)に)(2)を(更には(3)を)、それとわかるような形で導入することである。

だがそもそも演劇の観客は(4)を聞いて常に(2)として理解しているのであり、(2)が「「小説」の文体」であるならばそれはどうしたって三人称でしかない。複数の役者が言葉を発する舞台の全体を観る観客の立ち場からすれば、演劇には一人称しかないというよりはむしろ、演劇には三人称しかないと言った方がその理解の実情には即しているようにも思える。これは丁度、三人称で書かれた小説の背後にそれを語る一人称が潜在しているのと真逆の事態である。演劇で一人称の下に発せられる言葉は常に、観客によって無意識のうちに三人称に変換され受け取られている。そこでは舞台に立つ役者の身体こそが三人称の指標となっていることは言うまでもないだろう。小説において(あるいは語りにおいて)行為の主体を示す人称代名詞の代わりに、演劇の舞台上には役者の身体がある。ゆえに演劇には「「人称」という問題がない」。「移人称」を演劇との関わりから考察することは有効だとしても、それをそのまま演劇に持ち込むことはできないのである。

さらにもう一点、役者の存在は、それが人間の内面に関わるという点において小説と演劇との間に極めてクリティカルな違いを生み出している。小説では一人称であろうと三人称であろうとその権利の範囲内で登場人物の内面を描写することが可能であり、ゆえに内面の描写はときに人称の移行の指標となっている。そして小説の地の文に悲しいと書かれていれば、基本的にはそれは悲しいということを意味する他ない。だが演劇においてそのような形での内面描写は不可能なのだ。もちろん、登場人物に「悲しい」と言わせることは可能である。だが、役者の身体がそこに介在することで、「悲しい」という言葉の真偽は最終的なところで保留されることになる。私たち人間は、他の人間が何を考えているか知ることができないからだ。それどころか、演劇で発せられる「悲しい」という言葉は多くの場合において本質的には嘘であるとさえ言えるだろう。それが演劇である以上、そこで発せられる言葉は間違いなく演技だからだ。にも関わらず、ある人物が「悲しい」ということは、その巧拙はあれど、当たり前に演じられてしまう。そこに演劇の面白さがある。

さて、しかし小説と演劇との違いにも関わらず、ここ数年は演劇においても「移人称」的なものが一定の存在感を示している。チェルフィッチュ岡田利規の影響を直接に受け、「語りの演劇」とでも言うべき作風の中に「移人称」的な手法を取り入れているわっしょいハウス/犬飼勝哉。一人複数役と複数人一役を組み合わせ複数の物語のラインを交錯させてみせるThe end of company ジエン社/作者本介。鳥公園/西尾佳織もまた、『蒸発』(一三年)、『緑子の部屋』(一四年)、『空白の色はなにいろか?』(一四年)といった近作においてナレーションや役のスライドといった「移人称」的な手法を導入している。そこで追究されているのは演劇の、そして私たち人間の本質だ。

すでに確認したように、チェルフィッチュ岡田利規の演劇は「語り」というモードにおいて移人称と深い関わりを持っていた。移人称が一人称(≒ナレーター)と三人称(≒キャラクター)との往復によって成立する以上、それを演劇でやろうとするならば、「語り」という、演劇の上演において多くの場合は存在しないものと見なされている位相、つまりはナレーター(≒一人称)の位相を暴露し、さらにそこからキャラクター(≒三人称)とナレーター(≒一人称)の位相を行き来して見せる、という形をとることになる(もちろん、岡田の場合は演劇における試行を踏まえて小説が書かれたのであり、移人称を演劇に持ち込もうとしたわけではないのだが)。鳥公園/西尾佳織においても、まずは『蒸発』において「語り」のモードがはっきりと意識的に導入されることになるが、その様相はチェルフィッチュ/岡田のそれとは大きく異なっている。

『蒸発』の舞台に登場するのは森ちゃんと野津ちゃんというルームシェアをしているらしき二人の女性である。森ちゃんは双眼鏡を使って隣に住むひろきの部屋を覗いている。この作品は二人の会話に終始しつつ、その大部分がひろきの様子の実況やひろきについての妄想、あるいは野津ちゃんによる森ちゃんの気持ちの代弁(めいた想像によるアテレコ)といった、大きく括ればナレーションとでも言うべきものから成り立っている点に大きな特徴がある。もちろん、森ちゃんと野津ちゃんとの普通の会話もないわけではないのだが、そこから得られる情報量よりも「ナレーション」から得られる情報量の方が圧倒的に多い。つまり、一人称=自分のこととして発せられる言葉よりも三人称=他人のこととして発せられる言葉の方が多いのである。実際のところ、その真偽はともかくとして、この作品で最も多くの(圧倒的に多くの)情報が提示されるのは、舞台上には姿を見せないひろきについての事柄なのだ。森ちゃんがひろきを覗きながらその様子を実況し、ときに野津ちゃんも加わりながらその気持ちや過去についての妄想(?)を繰り広げる。野津ちゃんはその妄想に乗ってみせながらも、隣人の男を覗く森ちゃんを揶揄するかのように、彼女の気持ちを勝手に代弁(?)してみせたりもする。結果として、最初から最後まで舞台上にいるにも関わらず、野津ちゃんはどんな人物かほとんどわからないままに作品は終わっていく。いや、よくよく考えれば、森ちゃんだってどんな人物かほとんどわからないままなのだ。野津ちゃんによる森ちゃんの気持ちの代弁は真実を述べているとは限らず(森ちゃん自身は「考えてないよ」と野津ちゃんの代弁を否定する)、森ちゃんが自身について語る言葉はほとんどない。舞台上には存在しない=三人称で語られるひろきについての言葉だけが作品を埋めている。

『蒸発』は台詞の多くが自分以外のことを語るナレーションによって構成されているという点で特異な作品であり、そのことによって舞台上に存在している人物は輪郭が定まらず、一方で舞台上には存在しない人物こそが濃厚な存在感を獲得しているというコントラストにこの作品の面白さはあった。だがこのような事態は程度の差こそあれ、実のところほとんどあらゆる演劇の上演に生じている。『蒸発』は「語り」のモードの導入によってそのことを改めて曝け出したに過ぎない。

すでに指摘したように、演劇の上演を見る観客は、例えば「生きるべきか死すべきか、それが問題だ」という台詞が役者によって発せられるのを聞くとき、「とハムレットは言った」という三人称の主語を無意識に補うことで、上演される「物語」を成立させている。その意味で、「演劇には三人称しかない」のであった。だがこのとき、一人称の背後に補われる三人称のさらにその背後には、やはり何らかの一人称が潜在している。それは一方で「物語」全体の「作者」であり、また一方ではその言葉を発している役者自身である。『蒸発』はあからさまな三人称によるナレーションを導入することで、そこで語られないものを逆説的に浮かび上がらせてみせたが、そもそも演劇の台詞は基本的には三人称のナレーションを補完する形で受け取られるのであり、結果として、役者自身の存在は語られず舞台から消去されている(ことになっている)。現実には存在しない人物(たとえばハムレット)を存在させるための想像力は、一方で目の前にたしかに存在しているはずの人物(=役者自身)を「殺して」しまうのである。

『蒸発』で試みられたこのような手法は『緑子の部屋』でさらに突き詰められることになる。タイトルに示されているように、この作品の中心に置かれているのは緑子という女性なのだが、彼女はすでに亡くなっている。作品の冒頭に置かれているのは、緑子が亡くなったあと、昔の恋人である大熊と、中学高校時代の(大して仲の良くない)同級生の井尾が緑子の兄によって形見分け(?)のために呼び出され一堂に会するという場面だ。緑子はそこで語られるだけの存在、文字通りの不在の中心としてある。

ところが、緑子は不在のままでいるわけではない。思い出話=語りの中で時系列の入り乱れるこの作品では、いつしか場面は過去に移り、たとえば大熊と緑子とが同棲をはじめたときのことなどが演じられる。そこでは井尾を演じていた役者(武井翔子)が緑子を演じることになり、緑子は舞台上に「姿を現わす」ことになる。

『緑子の部屋』のチラシにはこうある。 

説明                ある日、緑子がいなくなりました。

緑子の友人、恋人、兄が集ってそれぞれに、自分と緑子の話、自分から見て「お兄さんと緑子はこう見えてた」、「彼氏と緑子はこう見えてた」、「友達と緑子はこう見えてた」、「え、そんなこと言われたくないんだけど」、「や、でも緑子からはそう聞いてたし」、「ていうかお兄さんってサー」・・・・・・。

 

話すほど、遠のきます。

緑子の不在、ポッカーン。

不在となる/であるのは実のところ緑子だけでなく、たとえば緑子と大熊が同棲をはじめる場面ではその場にはいない兄のことが話題に上がる。その時点で大熊は緑子の兄とは面識がないため、大熊にとっての「緑子の兄像」は兄不在のままに、緑子の話によってのみ作り上げられていく。不在は想像によって埋められていく。

『緑子の部屋』のラストに置かれている絵画に関するエピソードには「ツギハギだらけ」の「フランケン女」が登場する。

絵の中心でこっちを見てるこの女。(……)画面のど真ん中でこっちを見てますけど、この人もツギハギです。パッと見、普通の女の人みたいに見えるけど、よく見ると、色んなパーツの寄せ集めで出来てるのが分かります。色んな雑誌のモデルたちの顔を切り刻んではまたくっつけて、一人の顔にコラージュしてる。フランケンシュタインみたい。

街の中には、フランケン女以外にも人がいて、でもフランケン女以外の人たちはコラージュされてなくて、全身丸々一人の人間です。この人も、この人も、街が薄っぺらいことにも、気付いていないみたい。でも本当は。環境が薄っぺらのツギハギになれば、人間もそうなるのが「自然」なんじゃないでしょうか?

 大熊、井尾、兄それぞれが抱く緑子のイメージ。それらを受け入れ統合するはずの生身の緑子という存在は消え、バラバラのイメージがバラバラのままに残される。いや、そもそも他人はどこまでいってもバラバラのイメージの集合でしかなく、唯一肉体の存在がその一個性を担保しているに過ぎない。

しかも、一個性を担保するはずの肉体は、その不透明性ゆえに事態をさらに厄介なものにしてしまう。肉体によって担保される一個性、その肉体の持ち主にとっての自我や意識は、他の人間には見ることができない。たしかにそこに肉体が存在し、そこに一人の人間が存在してい(るように見え)ても、その内実は常に不可知であり、その意味で、彼(女)は常に不在なのだ。

「役者に内面はいらない」と言う平田オリザの現代口語演劇では、この「見えないものは見えない」という端的な事実が積極的に利用され、言わば空っぽの器に観客自らが感情を読み込み充填するように誘導される。だが言うまでもなく、器は空ではあり得ない。ロボットやアンドロイドによる演劇であればともかく、生身の役者によって演じられる演劇では、そこに役者自身の意識が必ず存在している。演劇は大なり小なりそこに目隠しをすることで成り立っている。翻って考えてみれば、私たちの日常におけるコミュニケーションもまた、かろうじてそのようにして成立しているに過ぎない。「他人の気持ちを考える」と言うが、いくら考えても私たちは「他人の気持ちを知る」ことはできない。

『緑子の部屋』のラストで、大熊は自分に話しかける井尾のことを緑子として扱ってしまう。当然会話は噛み合ないのだが、このとき、「おかしい」のは誰なのだろうか。大熊が井尾のことを緑子だと思い込んでいるのか、それとも緑子が自らのことを井尾だと思い込んでいるのか。話の流れからすると大熊と話しているのは井尾であるとするのが妥当であるようにも思えるが、彼女がどちらであるのか、観客は判断に迷うことになる。なぜならそこに立っている女は、井尾と緑子の両方を演じていた役者=武井翔子だからである。彼女は井尾か、それとも緑子か。一方を選べばもう一方は姿を消す。いずれにせよそこに武井は「いない」。あるいは逆に、彼女がどちらであるとも言えないがゆえに、そこにいない(ことになっている)はずの武井という女の存在だけが浮かび上がるのだろうか。彼女たちの「存在/不在」は観客の「目」に委ねられているように思われる。

見えないものを存在しないものとして見る、あるいは、見ないことで存在しないものとして見る。それはある種の権力を孕んだ視線であり、西尾はそれをときに直接的な言葉で糾弾する。

今日あった肉体が次の日に消えることはないので、昨日のホームレスは今日消えない。でもある日、公園のベンチに仕切りが出来る。公園のベンチで眠ることを考えたことのない人は、その仕切りの意味を考えない。そうして知らないうちにホームレスを見なくなる。見えないものは、居ないのと同じだから、安心快適である。問題がない。その人はその安心さ、快適さに気付かない。見えすぎると壊れてしまうから、見ずに済んでよかった。そして壊れなかった分また今日も元気に、がんばりましょう。がんばりましょう。

西尾が撃つのは演劇の倫理であり、観客の倫理だ。視線の向きは容易に反転する。見る側もまた、いつでも見られる側/見られない側へと転落し得るのである。演劇の観客は第四の壁に隔てられ、安全で安心な客席の暗闇に身を潜めている。同時にこのとき観客は、舞台上で展開される虚構の世界からははじき出されている。観客もまたそこには存在しないものとして扱われ=無視され、そのことを無自覚に受け入れている。

『緑子の部屋』のラストシーンにおいて、観客はそこに立つのが井尾であるのか緑子であるのかを知ることができない。彼女たちの「存在/不在」を決定する権利を有するかにも見えた観客は、実のところ「事実」から疎外されているに過ぎない。ラストシーンの寄る辺なさは、そこにいるのに見てもらえない井尾の寄る辺なさであり、同時に、世界から疎外された観客の寄る辺なさでもある。観客はその寄る辺なさを受け入れながら問い続けるしかないのだ。「空白の色はなにいろか?」と。

ジエン社『30光年先のガールズエンド』劇評

ある種のテレビゲームには「強くてニューゲーム」というシステムがある。RPGなど、プレイヤーが操作するキャラクターを少しずつ強化しながら進めていくタイプのゲームに多い。一度ゲームをクリアすると、その時点でのステータスやデータを引き継いだ状態で、つまり、十分にゲームをクリアできるレベルにまでキャラクターが強化された状態で、ゲームをもう一度初めからやり直すことができるようになるというシステムだ。相対的にゲームの難易度が下がることで初回プレイ時にはクリアできなかったイベントがクリアできるようになったり、あるいは、何らかのアイテムを一周目から引き継ぐことでまた別のイベントが発生したりする。記憶を保持したまま過去にタイムスリップして人生をやり直すようなものだ。ジエン社第10回公演『30光年先のガールズエンド』(以下『ガールズエンド』)の舞台となるスタジオの名前はニューゲームという。

『ガールズエンド』はこの(と言うのはつまり2015年の)4月にオープンした早稲田大学の劇場施設、早稲田小劇場どらま館のプレオープン公演の1本目として上演された。早稲田小劇場どらま館が現在建つ場所にはかつて、鈴木忠志らが創設した劇団・早稲田小劇場が活動拠点として作り上げた同名の劇場・早稲田小劇場があった。鈴木らが富山県利賀村へと活動拠点を移すと、劇場は早稲田銅鑼魔館と名前を変え民間経営に。1997年には早稲田大学が劇場を買い取り、早稲田芸術文化プラザどらま館として学生への貸し出しが行なわれるようになる。ポツドール阿佐ヶ谷スパイダースなどの劇団が活躍するが、耐震強度不足により2012年に閉館し、夏には建物が取り壊される。これが新たにオープンした早稲田小劇場どらま館の過去だ。

一方、ジエン社主宰で作・演出の作者本介こと山本健介は早稲田大学第二文学部出身。在学中は演劇サークル劇団森に所属し、自身のみによる表現ユニット「自作自演団ハッキネン」でテキストを用いたパフォーマンスを行なっていた。今回の早稲田小劇場どらま館プレオープン公演はジエン社の他に第七劇場、ろりえといずれも早稲田出身の劇団による公演が3本並び、言わばある種の「凱旋公演」の場として用意されたものだ。かつての学生が現役の学生に現在の自らの姿を見せる。過去の自分と、過去の自分が漠然と思い描いていた未来の自分と、そして現在の自分と対峙せざるを得ないシチュエーションに、山本は真正面から取り組んでみせた。

描かれるのは18歳の女子高生4人組ガールズ・バンド、ワンドエイトとその12年後の、つまりは30歳になった彼女たちの姿だ。ジエン社はこれまでも複数の時間を同時に描き、あるいは行き来しながら物語を紡いで来た。『ガールズエンド』でも18歳の彼女たちの時間と30歳の彼女たちの時間、そしてそのどちらでもあってどちらでもないような時間が舞台上に展開される。そこにはもちろん、2015年の4月には31歳になっていた山本と、大学で演劇に取り組む18歳だったかつての山本自身が重ねられているだろう。両者をつなぐのは早稲田小劇場どらま館という劇場であり、ニューゲームというスタジオだ。

ワンドエイトのベース兼まとめ役、はりつめくし(はりつめ)がニューゲームで他のメンバーを待っている。やがてドラムのコンゆーき(コン)がやってくるが、ギターのくるま子(ま子)、キーボードのてつどう子(ど子)の双子がなかなか来ない。一方、使うはずのスタジオには誰かが立てこもっているようで、宇部という年嵩の(おそらくは30くらいの?)男が説得を試みている。スタジオにはワンドエイトを取材しようとするライター「女に出会ってばかりの国」も現われる。スタジオのスタッフ砂川は適当に彼らの相手をしているが、ニューゲームは近々閉店するらしい。ま子がスタジオに到着するがど子は相変わらず来ない。彼女たちは18歳だ。

一方、彼女たちが30歳になってもニューゲームは変わらず存在している。どうやら砂川がスタジオを再建したようだ。ワンドエイトのメンバーも音楽は続けていて、今日は久々に集まるらしい。「女に出会ってばかりの国」は何年か前に死んでしまった。が、「死んでるのに、なんかうろうろこの街を徘徊するように」なっていて、スタジオにいる人々とも普通に会話を交わしている。ど子はやはりなかなか来ない。彼女たちは30歳だ。

特に筋らしい筋があるわけではなく、作品は二つの時間を曖昧に行き来しながら進んでいく。ワンドエイトのメンバーは未来を語り、あるいは未来から過去を振り返り、そしてときにこれから来るはずの未来をすでに起きたものとして語る。このような複雑な語りが可能となるのは、二つの時間が舞台上に同時に、溶け合いながら存在しているからだ。30歳の彼女たちは18歳の自分に半ば同化しながら「未来」を省みる。

だがもちろん、現実の世界には「18の頃の自分」はもういない。だから、ジエン社・山本が現役の大学生たちにかつての自分を重ねて見ることは端的に言って間違っていて、山本はそのことを百も承知で18歳と30歳を同時に描いてみせる。

全然違うじゃないですか。私も、この場所も。全然違う私が、全然違う場所で、懐かしがっていいんですかね。なんか、懐かしさってものに対して失礼じゃないんですかね。 

とは国語教師となった30歳のはりつめの言葉だが、早稲田小劇場どらま館もまた新築され、以前とは全く違う建物、「全然違う場所」となっている。そのことへの感傷自体は個人の自由だ。しかし共有されないノスタルジーはときに抑圧ともなり得る。

人生に「強くてニューゲーム」はない。タイムスリップもない。ないのだが、「人生の先輩」は往々にして、「強くてニューゲーム」をプレイしているかのように振る舞う。コンに対し「俺、そこんところ一通りもう終えてさ、わかってるから。だから、わかるよ。君らの終わり、君らの、エンド」と言い放つ宇部はその典型だ。30歳になったワンドエイトのメンバーたちは、かつての自分たちを振り返る。宇部もまた、自らの経験を元に18歳の彼女たちに「わかってる」と嘯くのだが、それは少しだけ本当で大方は嘘だ。だからこそコンに説教めいたアドバイスを垂れる宇部の姿は痛々しく、本人もまた「自分がどれだけ格好悪いかくらい知って」いる。しかしそれでも、「たぶん途中から話聞いてないんだろうなと」思いつつ宇部が話をやめないのは、「もしかしたら聞いてくれてるかもしれない」「聞いてくれなくてもどこかで聞いてくれてるかもしれない」と思ってしまうからであり、しかも彼の言葉や態度はおそらく、その場ではたとえ「わからなかった」としても、少しだけはコンにとっても真実たり得てしまうものなのだ。

「女に出会ってばかりの国」はワンドエイトに「今の状態が、たとえば、30歳になっても、ずっとこのまま続くと思いますか?」と問う。過去の自分を振り返る現在からの視線は、未来を思い描く過去の自分に反射する。早稲田出身で18歳のガールズ・バンドに取材する「女に出会ってばかりの国」には、同じく早稲田出身で『ガールズエンド』のために女子高生バンド・まがりかどに取材をしていた山本自身が投影されているようでもある。ならばワンドエイトへの問いかけは18歳の大学生への山本からの問いかけであり、自身の現在の問い直しでもあるだろう。スタジオの外には雪が降り、触れるとゾンビになってしまうらしい。死んでいるはずなのにそこにいる「女に出会ってばかりの国」は/卒業したはずなのに大学で公演を打っている山本はゾンビなのだろうか。現在の自分は生きながら死んでいやしないだろうか。

同じ人間の18歳と30歳。同じ時間を生きる18歳と30歳。現在という名の未来から過去への視線と、過去という現在から未来への視線。『ガールズエンド』は複数の視線を描くことで、18歳の青臭さを、そして30歳になってなお捨てることのできない青臭さを繊細に掬い上げ、18歳の/30歳の青春を鮮やかに描き出す。そこには幾分かの気恥ずかしさと現在の自分への(それが迷いながらのものであれ)自負がある。30歳は18歳の視線を意識する分だけ大人だ。30歳の自分の中に今もいる18歳の自分と、そしてかつて自分もそうだったように、今まさに18歳の若者たち。18歳の前に立つ30歳は「強くてニューゲーム」どころではない。むしろ過去に、思い描いた未来に試されることになる。18歳の自分が思い描いた30歳に、18歳の若者たちが思い描く30歳に、現在の自分は並ぶことができるのか。その試練を正面から引き受け、そのこと自体を上演してみせた『30光年先のガールズエンド』は、早稲田小劇場プレオープン公演としてこれ以上ないほどにふさわしい作品だった。

フランケンシュタインの視線——鳥公園『緑子の部屋』解説(冒頭部/全文はペネトラ7掲載)

 この文章は鳥公園『緑子の部屋』の解説として書かれている。ここで言う『緑子の部屋』は二〇一四年三月に鳥公園#9としてまずは大阪で、次いで東京で上演された、西尾佳織の作・演出による演劇作品である。二〇一五年十一月に書かれているこの文章は、筆者が二〇一四年三月に東京の3331 Arts Chiyodaで『緑子の部屋』の上演を見た際の記憶と、その上演のもととなった西尾による戯曲をもとに書かれている。このような説明をわざわざしているのは、『緑子の部屋』には複数のバージョンが存在しているからだ。西尾は二〇一五年四月から五月にかけて、小説版『緑子の部屋』をウェブマガジン「アパートメント」に掲載し、現在、それを冊子としてまとめたものが公演会場の物販で販売されている。一方、演劇版は同年八月に京都で鳥公園#11として再演され、十一月末から十二月にかけては東京でも上演される予定となっている。筆者は冊子となった小説版『緑子の部屋』に解説を寄せており、さらにこの後、再演版『緑子の部屋』東京公演では、十一月二八日(土)十九時からの回の公演後に批評家・佐々木敦とともに作品についてのアフタートークを行なうことになっている。つまり、この文章は文庫本などに付されているそれのように、(多くは)作品を鑑賞した後に読むためのテクストであると同時に、小説版『緑子の部屋』の解説と対をなすものとして書かれたテクストでもあり、さらには再演へ向けての(そしてそこで行なわれるアフタートークへ向けての)プレテクストでもあるということになる。

 一つの作品に複数のバージョンが存在し、それぞれに対して解説が書かれること、殊に演劇版については、対象となる作品が(上演としては)目の前に存在しない状態でその作品についての言葉が発せられることは、『緑子の部屋』の主題と直結している。『緑子の部屋』は、緑子という名の死んでしまった=不在の女の周囲にいた三人の人物、元恋人の大熊、元同級生の井尾、緑子の兄・佐竹、が緑子のことを語る形で展開していくからだ。『緑子の部屋』という作品は、不在の対象についての複数の証言によって構成されている。

 演劇版(以下、「演劇版」は東京初演版を指す)の冒頭には大熊による「大学の授業の発表みたいな感じ」の、ある絵についての説明の場面が置かれている。二人の女が描かれた絵がプロジェクターで壁面に映し出される。一方の女はその場から立ち去ろうとしていて、もう一方の女はそれを見ている。立ち去ろうとしている女は見られていることに気付いてもいないようで、大熊は「見られてる側が見てる側に気付いてないってことはよくある。と思う」が、絵をよく見てみると、見ている側の女は立ち去る女の方を見ているわけではなく、画面のこちら側、つまりは鑑賞者の方をジッと見ていたことに気付く。ここではひとまず、視線という主題が冒頭からはっきりと提示されているということを指摘しておこう。

 作品のラストにはまた別の絵画作品についての、今度は井尾によるレクチャーが置かれている。街を描いたこちらの絵にはどうやらコラージュの手法が取り入れられていて、「チョコレートの包み紙」や「どっか外国のメトロかトラムの乗車券」などなど、「全然街と関係ないものの上に描かれてい」る。絵の中央にはやはり女がいて、その女は「色んな雑誌のモデルたちの顔を切り刻んではまたくっつけて、一人の顔にコラージュして」「色んなパーツの寄せ集めで出来」た「フランケンシュタインみたい」だと井尾は言う(もちろんここで言うフランケンシュタインは博士ではなく怪物の方を指す)。こちらはよりあからさまに『緑子の部屋』という作品の「不在の対象を複数の証言で浮かび上がらせる」という構造を示していると言えるだろう(「フランケンシュタイン」という言葉は同時に、事故でバラバラになってしまった何人かの身体をつなぎ合わせることで生き返ったという緑子の兄のエピソードを思い出させもする)。

ドキュメンタリーと編集——村川拓也『終わり』(2015.4.ver.)

 村川拓也の新作ダンス作品『終わり』を観て何よりもまず驚いたのは、それがあまりにダンス然としたダンスだったことだ。クレジットがなければコンテンポラリーダンスの振付家による作品だと思って見ただろう。しかしそれは村川の、いわゆる「振付」能力の高さを示すものではない。『終わり』の個々のムーブメントは全て、出演した二人のダンサー、倉田翠と松尾恵美が今までに出演してきたダンス作品の振付からの引用であり、村川の仕事はそれらを編集し再構成することにあったからだ。

 『終わり』は村川の作品としては二〇一三年の『瓦礫』に続く二作目のダンス作品である。だが周知の通り村川はダンサーでも振付家でもなく、ドキュメンタリー映画や演劇をメインフィールドとして活動してきた作家だ。ダンス作品としての前作『瓦礫』でもドキュメンタリー映画や演劇で培ってきた手法が採用されており、作品は出演する三人のダンサーそれぞれが普段従事する仕事(定食屋の店員、映画館のスタッフ、フィットネスのインストラクター)の身ぶりによって構成されていた。*1もちろん、日常の身ぶりを元に振付を作ることはコンテンポラリーダンスにおいてはそれほど珍しいことではない。だが『瓦礫』のユニークさは仕事の身ぶりがほとんど丸ごと、つまり出勤して着替えるところから退勤するまでの一連の身ぶりがほぼそのままに提示されているように見える点にあった。四〇分という上演時間を考えればそんなことはあり得ず、それらが編集されたものであることは間違いないのだが、個々のダンサーの身ぶりに焦点をあてる限りにおいては、仕事上の身ぶりがそのまま舞台に上げられているという印象を与えるものだった。ところが、日常ではそれぞれ異なる場所に属するはずの個々の身ぶりが舞台という一つの場所に置かれることで、それらは呼応し合いトータルとしての「ダンス」となる。つまり、『瓦礫』という作品の面白さは(少なくともその一部は)同じムーブメントが日常の身ぶりとダンスの振付という二つの領域の間に置かれ、観客の知覚が両者の間で揺れ動くところにあったのである。このような知覚のあり方は『ツァイトゲーバー』に代表される村川の一連の演劇作品とも共通するものだ。

 『終わり』もまた、出演者がすでに習得しているムーブメントを元に構成されているという点では『瓦礫』と同じ方法論によって作られた作品だと言うことができる。だが、元となる身ぶりの性質の違いが二つの作品を決定的に異なるものとしている。すでにしてダンスである身ぶりを元に構成された『終わり』においてはおそらく、観客のほとんどは他の村川作品で感じるような知覚の揺れを感じることがないからだ。

 『終わり』が上演されたアトリエ劇研アソシエイトアーティスト・ショーケースの当日パンフレットには「出演者二人の記憶と身体に蓄積された記録を扱った作品」とある。ここから、『終わり』が過去に出演者たちが出演した作品からの引用によって構成された作品であることを類推することはそう難しくはない。当日パンフレットのコメントを読んでいなかったとしても、『終わり』の振付の中にはダンスと言うよりは準備運動めいた動きもあり、そこから作品の成り立ちを類推することも可能かもしれない。村川や出演者のこれまでの作品を知る者ならば類推はより容易だろう。だが、制作過程を知ることは(あるいは知らないことは)『終わり』という作品の見方にどのような影響を与えるのだろうか。

 なんの予備知識も持たない者が『終わり』という作品を観た場合、ほとんどはそれを普通に振付られたダンス作品として観るだろう。しかし、『終わり』が引用によって構成されていることを知る者にとってもそれは大して変わらないのではないか。引用元の作品を観たことがある観客は『終わり』の上演に過去作品の記憶を重ねて見るかもしれない。だがある作品に過去作品の「記憶」を見ることは他の作品でもよくあることだ(それはダンサーの記憶かもしれないし振付家の記憶かもしれない)。『終わり』がそれ自体独立して鑑賞するに足る強度を備えており、参照されるのもまたダンス作品の記憶である以上、作品が引用によって構成されているかを知っているか否か、また引用元となった作品を知っているか否かによる観客の態度の違いは、作品全体の枠組みを揺らすほどの違いとはなり得ないだろう。誰が観ても作品が引用によって構成されていることが明らかであり、しかもそのことが作品の見方に大きな影響を与えていた『瓦礫』との違いは明らかだ。

 ここで再び『終わり』に寄せられた村川の言葉を引用してみよう。*2

200m先にいる人を想定して、その人に向かってセリフを届けようとすると体の状態が変わって声も大きくなるから良い、ということをよく芝居を作る時に耳にするし、自分もそうゆうまずシチュエーションを与えて、その影響で自ずと体や精神の状態が変わるみたいなことを使ったりしていますが、今回はそうじゃない。逆にする。まず体や精神の状態を先に作って、例えばおなかに空気を沢山入れて大きな声を出す。で、そんな大きな声を出すという事はつまり200m先に人がいるのだな、ってことになる。そういう順番で物事が決まっていくことをやってみたいです。何かをなくしたから探しているんじゃなくて、探していること自体が独立してまず行われて、ということは何かをなくしているんですね、という事になる道筋。シチュエーションが先にあって体が変化するのはイージーな事で、まず体が変わってシチュエーションが変化する事をハードだと思っています。

 ここではほとんど一つの演劇の方法論とでも言うべき内容が語られている。「まず体が変わってシチュエーションが変化する事」。平田オリザの提唱した「現代口語演劇」の一つの重要なポイントは、演技へのアプローチを(たとえばメソッド演技に代表されるような)内面的なものから外面的なものへと切り替えた点にあった。言い換えればそれは反応の重視であり、関係の重視だ。入力に対してどのような出力が返されるのかさえ整合しているのであれば、入力と出力の間にあるブラックボックスたる俳優の内面は問題とされない。村川の言葉は一見したところ内面重視への逆行とも読めるのだが、それはむしろ、出力と入力の逆転なのだ。もちろん出力と入力とが逆転することなど決してない。だが、入力に対する出力が整合していることが「自然な演技である」と判断する回路が観客に備わっているのであれば、その逆、つまりは出力から入力を措定する/させることも可能なのではないか、というのが村川の読みであり試みなのではないだろうか。実際のところ、演劇の観客は多かれ少なかれ常に出力から入力を措定しながら上演に立ち会っている。抽象的な舞台美術で上演される芝居を考えてみればそのことは明らかだろう。そこがどのような空間であるのかは俳優の立ち振る舞い=出力によって逆算され、観客に了解されるのだ。

 出力から入力へという回路の逆流は村川の手法とも密接に関連している。舞台に上げられた言葉や身ぶりが出演者への取材に基づいたドキュメンタリーだからこそ、措定すべき「正しい入力」=シチュエーション、それが本来置かれていた文脈が明確に想定できるのだ。『言葉』(二〇一二)について村川は「「過去」に書かれた言葉の、その時の情景をそのままダイレクトに舞台上で再生できないか」「「過去」に書かれた言葉の、その時の「現在」をどうやったら今の「現在」で再生できるかといったことを探求したい」と述べていた。ここには『終わり』にも通じる関心が読み取れる。過去をそのまま舞台に乗せることが出来ない舞台芸術の不可能性への挑戦。『言葉』はそのタイトル通り「言葉」という抽象的な概念を相手取っており、ゆえにそれは困難な挑戦としてあった。『瓦礫』『終わり』の二作品は身体という具体物をその対象とすることで、『言葉』でのアプローチの言わば「やり直し」を図ったものだと見ることもできるだろう。仕事上の具体的な身ぶりを扱った『瓦礫』からダンスという抽象的な身ぶりを扱った『終わり』へ。「過去」を舞台という「現在」に乗せるための試行錯誤は続いている。

 しかしすでに述べたように、『終わり』の観客が舞台上に提示された出力から本来の「入力」を知覚することはほとんど不可能である。少なくとも『終わり』という作品においては出力と入力の逆転という試みは作品を作る側の姿勢、上演に臨む態度の問題に留まり、観客を射程に捉えるものにはなり得ていなかったと言わざるを得ない。では実際のところ上演はどのように見えていたのか。

 作品冒頭、舞台中央奥の椅子に腰掛けたダンサーはおもむろに自らの頬を張る。ダンサーは無表情だが、「バシン」という音からかなりの強さでその動作が行なわれていることがわかる。間隔を空けつつ、張り手だけが執拗に繰り返される。十回を数えた頃、ようやく二人目のダンサーが登場するが、その後も張り手は続く。冒頭に置かれたこのシーンによって観客が感知するのは痛みであり、そこに肉体があるという生々しさだ。つまり、作品は記憶=過去よりもむしろ肉体=現在を殊更に強調する形ではじまっているのである。

 しかしここから先しばらくの間、暴力的な振付は姿を消し、ダンス然としたダンスが続くことになる。このあたりのシークエンスにいくつかの動作が繰り返し登場することから、それらの振付がすでにあった動作を編集することで構成されたものなのではないかという類推も可能かもしれない。およそ上演時間も後半に入ったと思われる頃、それまでバラバラに踊っていた二人はデュオで踊りはじめる。ここで筆者が考えたのは、そこでは身体の記憶の移植とでも言うべきことが試みられているのではないかということだ。つまり、一方のダンサーの身体の記憶としての振付をもう一方のダンサーがコピーすることで、身体の記憶の共有が図られているのではないかという推測である。頬を張る動作が二人羽織のような形で再現されたシークエンスがあったこともこの推測を補強するように思われた。だが、後に調べてみれば二人のダンサーは過去にいくつかの作品で共演しており、*3そうである以上、デュオパートがもともとデュオとして振り付けられたものである可能性は高いだろう(もちろんそうでない可能性も残されている)。

 だが考えてみれば、たとえデュオパートが身体の記憶の移植を意図したものではなかったとしても、他のパートでそれが行なわれていなかったと断言することはできないのだ。繰り返すが、そこで踊られているのがダンサー自身の記憶としての過去作品の振付であるということを知ることができるのは、作り手を除けば過去に該当する作品を見た観客に限られている。ゆえに、ダンサー自身のものでない記憶=振付をダンサーが踊ったとしても、それがダンサー自身の記憶でないと観客が知ることは不可能である。しかも、作品が稽古を経て上演されるものである以上、ダンサー自身の記憶に由来しない振付が含まれていたとしても、『終わり』が上演される時点ではそれはすでにダンサー自身の身体に記憶として取り込まれてしまっていることになる。ダンサーの記憶、振付の起源は観客に対して何重にも隠蔽されている。

 デュオパートと前後して再び暴力的な振付が現われる。横たわるダンサーの一人の腹をもう一方のダンサーが蹴るのだ。しかも相当に強く。この動作もまた執拗に行なわれる。舞台上に提示されるダンスを予めプログラムされたものとして見ていた観客(筆者のように『終わり』の振付を記憶の再生として見ていた観客だけでなく、単なるダンスとしてそれを見る観客もまた、予め用意された振付としてそれを見る点において変わりはない)は、ここで再び舞台上の身体の生々しさ=現在と直面することになる。もちろんほとんどのダンスでは舞台上に常に身体が現前しているわけだが、暴力とそれによる痛みはその生々しさをより一層曝け出すことになる(ゆえにコンテンポラリー・ダンスの振付にはしばしば暴力的な動作が導入される)。そこでは再生される振付=過去という枠組みを肉体=現在の生々しさがほとんど食い破ってしまっている。

 ラストシーンもまた異なる意味で印象的なものだった。再び舞台奥の椅子に腰掛けたダンサーにもう一方のダンサーが正面から歩み寄る。握手を求めるかのように手を差し出しかけた(ように見えた)ところで暗転。暴力を振るい振るわれる関係から一転して和解が暗示されているように見えるラストシーン。しかしそれはあまりに物語的過ぎやしないだろうか? いや、しかしこれはあくまで筆者が読み取った「物語」に過ぎない。結末は開かれているし、そもそも最後の動作が手を差し出す動作だったのか、それとも歩行動作の一部としての手の動きだったのかも実のところ判然としない。ただ筆者にはそのように見えた。

 編集はコンテクストを構成する。『瓦礫』においても、本来はバラバラの仕事の身ぶりであるはずのものが呼応して見える瞬間が用意されていた。複数の出演候補者に手紙で出演日時と指示を送りつけ、実際に劇場に来るかどうかは出演候補者の判断に委ねるという『エヴェレットゴーストラインズ』(二〇一四)においても、個々の出演(候補)者の行動の配置、つまりは編集が作品の構成上重要な働きを担っていたことは明らかだ。個々の出演候補者の判断に作品の成否が委ねられていたわけではなく、どちらに転んでも何らかのコンテクストを構成するような編集こそが作品の完成度を支えていたのである。

 しかし作品の完成度の高さは、実のところ諸刃の剣だ。予め準備された編集の巧さがあまりに目につけば、上演の場で立ち上がるはずの生々しさ、ものごとが今ここで生じているという感覚が減じてしまうからだ。『終わり』のアフタートークでも、本番直前のダメ出しで、それまできっちり決めていたいくつかのポイントを外すように指示したという話が出ていた。コンテクストを構成するための緊密な構造と現前の生々しさを失わないための余白。村川が優れているのはそのバランス感覚なのだ。

 村川の作品は一貫してドキュメンタリーと編集の技法によって作られている。作品はいずれも何らかの形で出演者自身のドキュメンタリーとしてあり、編集によって準備されたものが立ち上がるための場として上演がある。村川作品の上演が演劇そのもののドキュメンタリーとして機能していることはすでにいくつかの論考で指摘した通りだ。本稿で提出したのは『終わり』に限らず、村川作品の多くに共通する論点であり、その探求は今も続いている。『エヴェレットゴーストラインズ』は今夏、四つの異なるバージョンによる連続上演が予定されているし、今回の『終わり』もフルスケールの作品へと発展させるつもりがあるとのことだった。村川は今年の九月に韓国・光州にオープンするAsian Arts Theatreでのレジデンシーも決定している。ドキュメンタリーと編集の技法はこの先どのように研ぎすまされていくのだろうか。

*ペネトラ6掲載原稿

*1:瓦礫』についてはペネトラ3掲載の「ルビンの壷、あるいは演劇——村川拓也論」を参照。

*2:https://www.facebook.com/events/846921355364857/(二〇一五年四月十五日確認)

*3:Whenever Wherever Festival 2011『私の今日は彼女の今日より二時間ほど長い』(演出:倉田翠、二〇一一)、京極朋彦ダンス企画『いったりきたり』(振付・演出:京極朋彦、二〇一三)など。少し検索しただけなので他にもあるかもしれないが差し当たって共演の本数は問題ではない。